お侍様 小劇場
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   “鏡の国の茶話会?” 〜寵猫抄 side


居座り続ける寒さのせいか、
今年はなかなか聞かれなかった猫鳴きの声が、
やっと窓辺まで届いた頃合いのこと。

 「え? 明日、ですか?」

その話を七郎次が聞いたのは、明日が当日という正に直前のこと。
勘兵衛こと島谷せんせえの、
執筆のみならず、講演やら取材などなどの予定の全てを把握している筈な、
美貌の敏腕秘書殿がうっかりしていた訳じゃあなく。
はたまた 多才なことから人気の高い、
壮年の作家先生の側に…何かしら疚しい事情でもあって、
それでと伝えそびれていた訳でもなく。

 「微妙に混み入った事情があるらしくてな。」

顔なじみの林田くんのいるS社ではない、
時折 少女向けジュブナイルを書いている、
別の雑誌社からの急な依頼なのだそうで。

 「もう決まったことみたいな運ばれ方は、
  どうにも困ったことですよね。」

こちらの都合というものだってあるのだし、
それのみならずの不満も…ちらりと なくはない。
今回すっかりと そちらの編集室の言いなりになるというのが、
微妙な格好での前例となり、
以降も図に乗られはしないかと思うと、
秘書としては穏やかではいられないらしい七郎次。
勘兵衛が寛容なところを逆手にとって、
今後も悪用されちゃあ堪ったもんじゃないとばかり。
きれいな眉をきゅうと引き寄せ、
連絡もぎりぎりなんていう、
そんな不手際に引き回されるなんて、
まったくもって 心外でございますというお顔になったものの、

 「まあな。
  向こうの不手際には違いないのだから、
  そこは忘れるなとの一言は言い置いたし、
  季刊誌に掲載予定の新作へ、
  作者近影を載せるというておったのを諦めると。」

 「………おやvv」

他の出版社では気になりはしないのだが、
そちら様ではどうも、
“ダンディなおじさま”だの
“ちょい不良(ワル)おやじの元祖”だの、
微妙な恰好で勘兵衛を扱い、
それもまた客寄せの材料としている節が強かった。
哀愁漂う雰囲気を醸したポートレイトが、
グラビアっぽく大きく掲載されるのへ、
以前からも遠慮してもらえぬかと訴えていたのだが、
なかなか訊いてはもらえなんだ それを。
こたびの不手際をのむ代わり、やっとのこと容れてもらえるらしく。

 「今度ああいうことをやらかしたら、
  アタシの方でも考えがあるとは言っといたんですがね。」

コトを荒立てずに済むのなら、その方が重畳ではありますねと。
聞きようによっては どこかおっかない物言いをした七郎次の、
まとう気配が微妙に冷たくなったの感じてか、

 「みゃうにぃ〜〜。」

おっ母様の足元へ、
まとわりつきかけていた小さな仔猫様が。
ハッとしたように小さなお手々を引っ込めると、
書斎からやって来たそのまま、
リビングのコタツへ向かう壮年殿の方へ、
慌てて駆け寄ってしまったほど。
それに気づいてのこと、
身をかがめ、大きな手のひらで掬い上げるようにして、
足元に辿りついた仔猫をひょいと懐ろへと抱え上げ、

 「ほれ。久蔵が怯えておるぞ。」
 「ありゃりゃ☆」

彼らには愛らしい幼子にしか見えない久蔵坊や。
シチってば怒ってゆ?と訊きたいような、そんなお顔と態度にて。
抱え上げられた勘兵衛の懐ろへ逃げ込んだような格好、
小さなその身を擦り寄せて見せるので、

 「いやあの、怒ってなんかないぞ、久蔵。」
 「なぁう、みゃ?」

けぶるようなという表現の相応しい、
ふんわりと柔らかそうな金の綿毛に。
ふわふかの頬にいや映える、
潤みの強い紅色の双眸は、
それは無垢な透明感に満たされており。
手の甲の指の付け根にえくぼの見える、
それは愛らしいお手々を口許へとくっつけている様子は、
微妙に相手を恐れているように見えなくもなく。
“相手”が七郎次であることは明白なのへ、

 「そんなお顔すんのは無しですよぉ〜。」

たちまち“いやぁ〜ん”と言わんばかり、
勝ち気な表情浮かべていたものが、
ごめんなさいのお顔になった秘書殿へ。
その豹変ぶりに呆れた勘兵衛、

 「…形無しだの、七郎次。」
 「何とでもお言い下さいまし。」

何と言われようが、
もはや照れるどころではない七郎次。
やっとのこと“にゃは〜vv”と微笑ってくれた愛し子へ、
そちら様も目一杯、相好崩して見せたのだった。



     ◇◇◇


………で、話を戻すと。
何でも結構以前から、
講演に来てほしいという、
手厚くも丁寧な申し出のあった依頼なのだそうで。
ただ、そのお相手というのが、
出版社関係でもなければ広く公的な場でもなし。
どちらかといや個人的な集まりに類するだろう、
そんな集まりへのお誘いも同然だと思われたため。
依頼を受けた編集部としては、
もはや新人作家というクラスでもない島谷先生には、
そんなお話さえ聞かせぬまま、
これまでにも無くはなかった前例に則し、
それは丁重にお断りしたらしいのだが。

 「ならば、一つ上の団体名義の申し込みなら いかがかと。
  OGの方々もその名を連ねた依頼という格好で、
  再度 掛け合って来られたそうでな。」

 「…OGの方々?」

数日ほど前に、平八から差し入れしてもらったマドレーヌを、
小さくちぎるとお膝の仔猫様へと食べさせてやっていた七郎次が、
おやおやぁ?と小首を傾げてしまう。

 「OBじゃなくOGってことは…?」
 「ああ、とある女学園の文芸部なのだそうだ、その依頼人。」

本来ならば、秋口の学園祭に講演しに来てほしかったらしいもの、
すげなく振られてしまってもなお、
その後も果敢にアプローチして来ての。
こうなったらばと、出版界に通じておいでのOGとやらを担ぎ出し、
今回やっと、某社某誌の編集部が折れざるを得なくなったというところ。

 「ですが、こんな中途半端な時期に、どんな講演の依頼なんですか?」

情報番組に頻繁に顔を出しているような、
タレントめいた傾向の強い作家でなし。
学園祭への講演というのなら、まま判らんでもないけれど、
学生ならば春休みの最中だろうに、
そんな頃合いに文化人を招いて何を語らせようというのやら、と。
ティースプーンへすくったミルクティーを適度に冷ますと、
どーぞと久蔵へ飲ませつつ、
だがだが、見えない視線が勘兵衛へと向けられているのは明白で。

 「…さてな。」

心当たりがないのは本心だったが、
それでは納得しなかろう七郎次なのもまた承知。
そうであることが…女性の影へささやかながらでも悋気立ってくれる彼なのが、
ともすれば擽ったい勘兵衛ではあるが。

 “やに下がっている場合ではない、か。”

お膝の上の久蔵も、
今は穏やかに んくんくとミルクティーを堪能しているものの、
またぞろ“怖いよぉ”と飛び上がられてもコトだしと、

 「一応は、これまでに発表して来た作品への質問会。
  午後の2時間ほどと刻限を限っての、一種の茶話会形式となるそうだ。」

 「お茶会ですか。」

それも、女学園の文芸部の皆様と?と、
今度は実際にお顔を上げて来、青玻璃の視線が問うたのへ、

 「何もテーブルを囲んでダージリンをいただくって形式じゃあない。
  それだったらお主も加われたのだがな。」
 「な……。」

何を言い出してますかと呆れつつ、だが、

 「それでは、講演には違いないと。」
 「ああ。
  壇上に席を設けられての、作品紹介をされ、
  質問があれば応じるという形の、
  一問一答形式の座談会みたいなものなのだと。」

何も女性陣と輪になってお膝を突き合わせ、
和気あいあいとお茶会をするって代物ではないぞと、
妙に悪戯っぽく微笑って言う御主なのへ、

 「……ならば、特に原稿の必要もありませんね。」

何とかそうと言い返し、
目許を細めての柔らかな笑顔を見、
あっと言う間に頬が熱を帯びて赤らんだの、
何とか誤魔化す七郎次だったりしたそうな。







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  *こんな折だってのに、
   しかも変てこな突発もので申し訳ない。
   以前に、ヘイさんと擦れ違ったことがあったんでしたよね、
   あちらのお嬢様方とは。
(苦笑)


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